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ひとりのよると

 どうしてよ!?
 自分の胸も一杯になって、思わずテーブルに手をついていた。

《どうして?》

 画面のなかでは、ようやく彼に追いついた彼女が泣きそうな声で呼びかけている。
 ほんと、どうしてよ。なんで逃げたのよ。リンちゃん、こんなに頑張ったんだよ? あなただって同じ気持ちでしょう? 素直になりなさいよ、もう。
 でもよかった。二人が再会できて、本当によかった。
 いらだちからの大きな大きな安堵。ぶわっと揺さぶられる気持ち。お陰で鼻の奥がツンとなって、喉が痛くなって、まぶたから頬へと何かが伝い落ちていく。

 きゅっと唇を噛んで、かたわらのティッシュボックスに手を伸ばす。湯気で曇ってしまうだろうからと、早々に眼鏡を外しておいて正解だった。
 とにもかくにも、このままハッピーエンドのようだ。ひと安心してポーズボタンを押し、さっきお湯を注いでおいた、お気に入りのカップ麺をいただくことにする。ちょうど五分経った頃だろう。

 蓋を開け、鼻をすすっているんだか匂いを嗅いでいるんだか自分でもわからないままに、ふわりと立ち上る湯気を吸い込む。
​ いただきます、と手を合わせ、柔らかなおあげをいったん出汁に沈めたら、まずはその出汁から。ずずっと音を立ててしまうけど、気にしない。ここには私しかいないから。私だけの至福の時間だから。

「はあ……美味しい」

 広がる醤油とかつおぶしの香り。多くの日本人が大好きな匂い。ひょっとしたら昆布だしとかも使ってるのかな。温かくて、幸せで、頬が染まって、緩んで、誰かに優しくしてあげたくなるような味。
 吐息とともに、次は刻みネギの絡んだ麺へ。髪を耳にかけ、ふたたびずずっと音を立ててすする。ほっとした気持ちが広がってゆく。
 きっとこの気持ちは、ドラマがハッピーエンドだったからというだけじゃない。目の前のきつねうどんが美味しいから。温かくて、優しいから。

 物語を最後まで見届けようと、画面のポーズを解く。抱き合う二人にふたたび涙が溢れそうになったけど、湯気のせいだと思うことにしてさらに麺をすする。出汁がたっぷり染みたおあげも、遠慮なく一口。箸を置き、両手でカップを捧げ持つようにして、ふたたび出汁もごくり。喉から自然と漏れる、はあ、とも、ほう、ともつかない声。

 出汁がうまいと、ほっとする……。

 自分だけに聞かせる言葉を胸の内でつぶやいた私は、温もりを伝えてくれるカップを、ついじっと見つめてしまった。
 画面のなかの恋人たちと同じように、柔らかく微笑みながら。




 Fin.

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© Lamine Mukae

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